
映画「家族ゲーム」で、伊丹十三が演じる受験生の父親が食卓で目玉焼きを食べるシーンがある。男は目玉焼きをつついたり裏返したりして妻に言う。
「おい。これじゃあ、ちゅうちゅうできないじゃないか。」
男は、まだ黄身がやわらかい状態のそれをすするのが好きなのだ。
「空気人形」では岩松了演じるビデオ店の店長が、一人の食卓で生卵の中に落ちた殻のかけらを指ですくっている。小さなかけらを取り出してティッシュペーパーで指をぬぐおうとするが紙がない。深いため息の後、彼は生卵をぶちまける。
ほんの小さなできごとで怒りは溢れだす。そしてそれは時に人を傷つける。できごとは単にきっかけに過ぎず、本来あった大きな怒りが引き出されただけだと言う人もいるだろう。でも、もしかしたら小さなできごとの方が本質的で、大きな怒りなんてぼくらの妄想が作り上げたフィクションかもしれないよ。
もちろん、フィクションだって頭の中の事実だけれど、たまごが先かニワトリが先かと言われたら、たまごにもニワトリにも等しくその責はあるだろう。ぼくがたまごに怒りを覚えない人間だなんて言うつもりはない。何しろたまごがきっかけで人を愛することだってあるだろうから。覚えておいて欲しいのは、きみが怒っているものも、愛しているものも、もしかしたらただのたまごかもしれないということ。そういうのってなんだか馬鹿みたいでしょう?
※撮影に使用した玉子はすべておいしく頂きました ;-)
2 コメント:
先日12個入りのたまごパックを落とし、そのうち9個を割ると言う事態に遭遇し、妻の目の前で烈火のごとく怒る、ということがあったよ。割れた9個をすべて卵焼きにして食べた。とは言え生卵を落として割るような目には、二度と遭いたくない。が、そうもいかないのかなぁ、うう。
なんだかたまごってすごいな。やっぱり怒りの象徴なのかね。村上春樹も「卵と壁」のたとえ話をしていたけれど、どうもたまごには人を怒り狂わせる何かがあるのだよ。
9個の卵焼きすごいな。2人で食べるには大きすぎたんでないかい?たまごごときでケンカしないでね LOVE!
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