Sep 5, 2010

終わらない昼休み

 
September

September

 
僕はいつまでも真昼のままで
終わらない昼休みをもてあましてる
いつまでもチャイムが鳴らないもんだから
不安になって見まわすと
遊んでるのは僕だけで
みんなはもうちゃんと席に座ってる
あわてて帰っても僕の席はない
またグラウンドに戻って遊んでる
--「ライフサイクル」田辺マモル

誕生日です。
何人かの方にバースデイ・メッセージをいただきました。どうもありがとう。

ぼくはというと相変わらず自宅で活字と格闘する毎日です。疲れたら掃除機をかけたり、図書館から借りてきたシューベルトのピアノソナタを聴いたり、写真を眺めたりして過ごしています。

ぼくは年齢よりも若いと言われることが多いのだけれど、最近はそれもあまりうれしいことではなくなってきました。気がつくと周りの仲間はみんなちゃんと「席に座って」いて、ぼくだけがいつまでも同じ場所に居続けているような気分になることがあります。「若い」と言われるのはそのことへのエクスキューズのように思えて、このままでいいのかなと不安になることがあります。周りは結婚したり、地位を得たり、遙か遠くの地に行ってしまったりしているのに、ぼくは相変わらずこの町にいて、子どもの頃よく走り抜けた道をもう何年も同じように歩いています。

ゲーテは「世界の万物はメタファーである」と言ったそうです。正確に言うと村上春樹の「海辺のカフカ」の中で、甲村図書館の大島さんがそう言っていました。ゲーテは読んでいません。

ぼくも実際に休み時間の終わりに気づかずにいたことがあります。もしかすると、あれも何かのメタファーだったのかしらと思うこともあります。そんなことを言い始めると切りがないんだけれどね。

ここのところ、小学校や中学校の同級生とネット上で再会することが続きました。あれから数十年が経っているというのに、文面からにじみ出る人となりはみんな相変わらずあの頃のままでした。ぼくもきっとそのひとりです。

休み時間が終わっても校庭でひとり遊んでいるような気でいたけれど、それはみんな同じ気持ちなのかもしれない。大人と呼ばれるようになってしばらく経っても、あの教室にいた子どもたちはまるで冗談のように平行移動で同じ年齢を重ねています。みんな遠くへ行ったり変わったようでいて、同じ何かを背負いつづけているんだろうな。みんな元気だろうか。ぼくも今年1つ年をとったよ。

伴走者が見えないレースだけれど、きっとすぐ近くにいるんだろう。見えないけれど、彼らの姿を想像して、ぼくもぼくのつづきを続けていこうと思っています。

どうも、ありがとう。


No One Belongs Here More Than You: Stories ライフサイクル